がんの漢方治療
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がんの漢方治療について
よく○○でがんが消えたなどという広告を見ますが、そんなうまい話はありません。 高い金を払って○○を飲み、がんが消えなくとも金は返してくれません。
最初から漢方だけでがんを治療することはありません。 がんの初期治療は西洋医学の専門です。 漢方は、化学療法や放射線治療の副作用を軽くしたり、術後の体力の補強に使うこともありますが、 転移・再発予防、維持療法などが主な役割です。
再発を何回か繰り返すと、西洋医学ではこれ以上の治療法は無く、 自宅で好きなように生活してくださいといわれます。 このような方には漢方治療をすすめます。 再発さえしなければ、がんとの平和共存が保たれ延命します。
治療作用については、大規模臨床試験が困難ですのではっきりした数字はでていませんが、 西洋治療に上乗せする作用を期待しています。 余命数ヶ月といわれたがんが何年も再発しないので、がんが冬眠しているのではないかという話はよくあります。
体力の補強や免疫力を高めるのはエキス剤で行えますが、がんも元気になることを恐れます。 抗がん作用のある生薬の煎じ薬を併用すべきです。 これらの生薬は保険がききませんので自費となります。 ただし、化学療法のような重篤な副作用はありません。
がんの漢方治療2
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1:がん治療の作用判定
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ある種の薬や治療方法ががんに効くということを科学的に言うためには、一般的に、先ず、がんの病理組織、大きさ、広がり方などをきっちり診断した同じような病状の患者さんを集めます。それから、その薬を使う人のグループとその薬を使わない対照の人のグループを無作為に分けます。対照グループには、その薬に良く似たにせ薬を使う(盲検)、それも薬を処方する医師にどちらが本物か分からないようにする(二重盲検)とか、標準治療を行うなどがあります。結果的に、2グループの間の病状、男女比、年齢などにかたよりが少ないようにします。
くわしい調査表(プロトコール)をつくり、定期的に診察すると同時に、腫瘍の検査や血液・尿などの検査を行い、副作用なども詳細に記録します。決められた条件に合わなかった人、治療を最後までできなかった人の人数とその理由も記録し報告します。定期的に作用判定を行い、作用判定は、腫瘍が無くなった(CR)、半分以上小さくなった(PR)、あまり変わらない(ST)、進行した(PG)の4つに分け、それぞれの%をだします。
CRとPRを合わせた%を有効率とし、それが対照グループより良いと言えるか、変わらないか、むしろ悪いか統計学を使って計算します。あまり変わらない(ST)も、がんの増殖をおさえたと判断すれば作用があったことになりますが、それにより生存期間が対照グループより長くなったことを統計学的に言わなければなりません。
統計学で意味があるという結果をだすにはかなりの数の症例が必要です。このような厳密な研究を行って初めて、その薬や治療法が効くと科学的に言えるのです。現在ではEBM(科学的証拠に基づいた医学)であるという言葉を使います。
がん新薬では、有効率は大体30%を超えれば効く薬と認められます。40%を超えれば非常に効くと言われるくらい情けないものです。もちろんもっと有効率の高い薬もあります。
新聞や雑誌にでている、がんに○○が効いたという広告はEBMではありません。薬には暗示作用すなわちプラセボ(にせ薬)効果というのがあります。効くと信じてにせ薬を飲むと20%の人には効くというのです。精神的な影響で症状は確かに良くなり、効いた感じがする人がでます。しかし、実際に腫瘍が小さくなる有効率は数%以下でしょう。しかしプラセボ効果だけでも何人か効いた人が居れば体験記を載せたパンフレットができます。中にはでっちあげた体験記もあるでしょう。効いた人が何人かいる後ろには何千人、何万人という効かなかった人がいるのです。
一時騒がれた丸山ワクチンはどうなったでしょうか。私も頼まれて使ったことがありますが、その際の調査表がとてもずさんで驚いたことがあります。最初に書いたようなきっちりした調査研究を行わずに薬を配布したため、どのようながんにどの程度の有効率があるか結果をだせなかったと記憶しています。本当にめざましい作用があるのであれば今でもどんどん使われているでしょう。
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2-2:漢方はがんに効くか
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漢方で、レントゲン、CT、MRIなどに写る大きさのがんを消滅させることはできません。気功でかんが消えたなどという話にだまされてはいけません。時には漢方薬でがんが消えたと思われる例を見聞きしますが、まれです。
朝日新聞、平成20年2月26日に、「女優殺した中医学」医療長寿(5)という記事がありました。中医学とは中国漢方のことです。内容は、中国のある女優が、右胸が痛みだし体がだるくなったが、病院での検査を拒み、漢方薬を飲んでいた。その後痛みに耐えられなくなり、検査を受けたところ、末期の乳がんと診断された。その後も漢方を信じ西洋治療を拒み1年後に亡くなった。
1)父親は早く化学療法を受けていれば助かったのにと悔やみ、
2)1人の学者が、中医学は神懸り的迷信と断じ、
3)漢方で○○が治るという広告を放置すると同じような事件が生まれると言い、
4)別の学者は、無批判に漢方薬を信じ、手術や化学療法を拒否したため死期を早めたと指摘した。それから政府をまきこみ大論争が起こったというのです。
先ず、誤解を正します。
1)西洋治療をすれば助かったということはありません、いずれ死亡します。末期がん(ステージ4)乳がんの場合、標準治療を行って、平均生存期間は4年くらいです。平均生存年数は3年ほど長いので、先ず西洋治療を行うべきだったでしょう。
2)中医(中国漢方)は科学でないと言う人は、科学は顕微鏡や試験管で証明できるものという誤解があるようです。精神科の分野である、フロイトの精神分析やユングの分析心理学は顕微鏡や試験管で証明できませんが、科学と言われています。科学の重要な条件は、「誰でも、その理論に従って追試(前に行った人と同じ試み)をすれば、同じ結果が得られる(必ずしも100%でなくてよい)」ということです。漢方はまさにその通りで、ただ根本理論が陰陽五行説なので受け入れがたいのでしょう。しかし、古代の陰陽五行説も最近は、カオス理論、フラクタル理論で理解できニューサイエンスに通じるといわれ、決して神懸り的迷信ではありません。
3)、4)は正にその通りです。
この記事から得られる教訓は、西洋医学の守備範囲、得意とするところ、漢方の守備範囲、得意とするところを良く知って病院と医者を選ぶべきということです。中国の中医薬大学病院では、中医師も西洋医学を勉強し、まず西洋医学で治療すべき患者は、西洋医に送ります。今回の悲劇は、漢方で何でも治ると信じ、まっとうな中医師にかからなかったことです。○○病は××で治るなどの広告に簡単にだまされてはいけません。
がんの場合、最初の治療は、西洋医学的治療、手術、放射線、化学療法等で、がんを消すか小さくさせます。それから漢方治療を併用します。漢方でもがんが小さいほうが治療作用が良いはずです。
がん治療における漢方の出番は、
1)化学療法や放射線治療の副作用を軽くする、あるいは白血球や血小板の数を増やし、化学療法や放射線治療を続行完了させる。これには、がん治療を行っている西洋医の漢方にたいする理解が必要です。
2)初期治療が終わった後の維持療法、すなわち転移を防ぎ、腫瘍がほぼ無くなっていれば再発を防止し、腫瘍が残っていれば増大を防ぐことです。
3)がん治療中および治療後の食欲不振、体力消耗に対し、食欲を湧かせ、元気をつけます。
4)がんによる痛みの軽減。がんによる激しい痛みに対する治療は、西洋医学のほうがすぐれているでしょう。針灸は強い痛みを除くことができますが、漢方薬では軽度、中等度の痛みが対象になります。ただし、西洋医が処方する鎮痛剤には食欲不振や胃潰瘍の副作用を生じることがあります。しかし漢方薬にはそれはありません。漢方の塗り薬というのもあります。今後の研究課題です。
日本でがん患者に多く使われている漢方薬は、補益剤といわれる十全大補湯、補中益気湯、人参養栄湯などのエキス剤です。これらの薬を西洋医学による初期治療を終えたがん患者に投与し、これが患者さんを元気にし、免役能を高め、転移を防ぐ作用があるというEBMと言えそうな報告があります。これらのエキス剤には直接がんをたたく抗がん作用のある薬は入っていません。
中医学では、患者を元気にする薬は同時にがん細胞も元気にする危険性があると考えます。従って、免疫能を高めるだけでなく、直接がんをたたく抗がん作用のある生薬も使います。しかし、日本で抗がん作用のある漢方薬の作用を最初に述べたような厳密な方法で調べた例はありません。まず抗がん作用のある漢方薬を処方する漢方医は少なく、漢方薬局では処方できません。しかも一施設で治療する患者さんの全体数が少なく、肺がんなどのがん別にするともっと少なくなります。さらに漢方抗がん薬は1種類だけでなく複数処方するのが通例です。作用の異なった薬を何種類か組み合わせたほうが、1種類より作用があることを期待しています。相加作用だけでなく相乗作用を考えています。
そうすると組み合わせ方によりさらにグループ分けが細かくなります。また薬は一人一人、病状に合わせ異なります。薬ががんに到達するよう、漢方で言う「気」、「血」や「津液(水)」の流れを良くする薬や、後述の帰経を考慮し薬ががんに到達しやすくするよう工夫します。食欲不振、出血のある方にはその対策の薬を入れます。そういうわけで、薬の組み合わせが沢山あり、非常に研究計画がたてにくいのです。
さらに作用の評価については、上記のように腫瘍縮小作用はあまり期待できず、現状維持(ST)を目標とします。現状維持でも最終的に生存期間が延長すれば有効と言えますが、結果を出すまで長期間の観察が必要です。腫瘍の大きさが変わらないといっても、漢方治療後、残っている腫瘍を手術で取ったらほとんど死んだ細胞であったという報告もあります。そうなると、生きているがん細胞を写すPETという検査が有用ですが、この検査機械を持っている病院は少なく、費用もかかり、実用的でありません。
以上のような理由で、残念ながら日本では現在のところ、抗がん生薬によるがん治療についてはEBMといえるような報告はありません。
中国の中医(中国漢方)雑誌には、ある種の抗がん作用のある生薬を多数のがん患者に投与して良い結果が得られたという報告がたくさんあります。成績が良すぎる論文が多く、EBMかどうか批判的に読まなければなりません。抗がん作用のある生薬の種類は100種以上ありますが、日本で手にはいるものは多くありません。
がんに効くという中国製の薬が宣伝されています。本当に効く薬であれば、中国の多くの病院で使われるはずですが、私が3年前、北京中医薬大学付属病院の腫瘍科で研修していた時には、うわさにも出ませんでした。その後も聞いていません。少しでも効きそうな薬をつくると、前記のような地道な科学的臨牀研究をせずに、内容、製法の一部を秘密にし、やたら権威付け(日本では権威の評価が困難です)と誇大広告をして金儲けをするのは中国ではよくあることです。よほど信用がおける製薬会社でないと危険性が伴います。
日本の広告でも見るような○○でがんが治ったという民間薬は、ほとんど免疫の作用あるいは単なるプラセボ効果と思われます。有効率は低いでしょう。西洋医学の化学療法や放射線治療は、がん細胞を殺すもので有効率は高くなります。がんの漢方治療の単独有効率は、この両治療の間にあると考えています。しかし、西洋医学治療では、がん細胞も死にますが正常な細胞、特に血液成分をつくる細胞も殺されるので、通常は強い副作用をともないます。漢方薬では副作用はまれで、あっても重篤なものはまずありません。西洋医学的治療との併用で上乗せ作用を期待しています。
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2-3:当院での漢方薬によるがん治療
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漢方薬には、免疫力を高めるものと、がんをたたく抗がん作用のあるものとがあります。免疫でがんを消滅できるのは腫瘍細胞が10億個(約1g)までで、それ以上になると増殖をおさえることはできるかもしれませんが、消滅させることはできないといいます。ですから、がんを見える範囲全部取り除いた後、目にみえないような数あるいは遠くに飛んでいった転移細胞をたたくのでしたら、免疫力を高める漢方薬だけでよいかもしれません。しかし、明らかにがんが残っている場合、さらにがんを肉眼的に全部取り除いたとしても再発や転移をしやすいがんには、抗がん作用のある生薬も使うべきと考えます。前項で述べたように、免疫力を高め、元気をつけるようなエキス剤は、患者さんを元気にしますが、残っているがんも元気にする恐れがあるからです。
ある種のがんにはこの生薬が効くというのはある程度ありますが、そんなにはっきりと使い分けされていません。長年使われてきた漢方生薬には帰経(きけい)といって、その生薬がどの経絡(けいらく)に入って作用するか分っていますが、最近の生薬には分かっていないものもあります。経絡とは、漢方でいう「気、血」の通り道で、人体の内外・上下をくまなくめぐっています。経絡の中でも重要な十二経脈は、五臓六腑と連絡しています。従って肺がんの場合は十二経脈の一つである肺経に入るもの、肝臓がんの時は同じく肝経に入るものを選びます。また1種類の生薬を重点的に使うよりも、複数の抗がん生薬を組み合わせたほうが、相乗作用が期待できます。
抗がん生薬だけでなく、食欲が無ければ食欲をだす生薬、肺がん・大腸がん・膀胱がんなどで出血がある場合は、止血薬など、個人個人に合わせた生薬を処方します。さらに、がん状態では、気・血の流れが悪くなっていることが多いので、この流れを良くし、抗がん生薬ががんに到達しやすくします。
当院では、次のような段階で漢方治療を行っています。
1)手術により初期がんを全部取り、所属リンパ節にも転移がない場合。 胃がんの粘膜に限局したごく初期のがんのような場合は、再発率が少ないので術後の治療を必要としません。心配な方は、免疫力をたかめる薬を数年飲むとよいでしょう。 手術の前の検査で転移が無いといっても、検査にひっかからないような小さな転移は見つけようがなく、これが手術の後しばらくしてから大きくなり転移として発見されます。初期がんでも、再発率の高い悪性のがん、あるいは転移をしやすいがんの場合は、抗がん作用のある薬も処方します。
2)がんを肉眼的に全部摘出したが、所属リンパ節に転移があった場合。 再発や転移の危険がありますので、抗がん作用を一段と高めた薬を使います。
3)がんが取りきれず残っている、あるいは遠隔転移がある場合。 基本的には2)と同じです。がん本体や転移の場所の症状に応じた薬や出血のおそれがある場合、止血剤などを加えます。 上記各段階で、抗がん作用中心の薬と免疫能を高める薬を交互に使うこともあります。
通常10種類以上の生薬を袋にいれたものをつくりますから、これを煎じて飲んでください。煎じ方は教えます。
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2-4:がん漢方治療の費用
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十全大補湯などのエキス剤は保険がききますので、エキス剤のみ服用する場合は保険で治療ができます。費用は3割負担で月2,000~4,000円です。
抗がん作用のある生薬は、ほとんど保険がききません。保険がきかない薬を使う場合は全て自費になります。薬代は1日1,000円前後です、それに初受診9,000円が加算されますので月2万から3万円前後になります。
当院を受診される場合、特に診療情報提供書(紹介状)は必要としません。しかし現在の病状、別章「がんの話」で書いたTNM分類、病期(ステージ)分類、受けた治療の方法と経過がわかるようにしてください。